桔槹7月号から

写真は「写真AC」のフリー素材を加工使用

鉛筆の芯折れてあゝ長閑なり 村上 セナ

二つのフレーズから成るこの句、きちきちと言葉で固めた句ではない。あまり使うことがなくなった鉛筆書きの気安さも、この句を味わい深いものにしている。何を書いているのか気になるところ、鉛筆の芯がポキッと折れ、ふっと我に返った時の心懐が口をついて出たのだ。私であれば、「無常」「孤独」という言葉を置きたいところだが、作者は「あゝ長閑なり」と季語を置いた。感傷の濃い常套手段を嫌ったのだろう、そこが上手い。鉛筆の感触に作者が反応を示した独自の世界。言葉にたよらず自分の感覚を信じた自足の韻律が味わい深いものにしている。

作者は二十四歳。若くして俳句に出会ったことは幸せなことである。この俳句の火種をどのように育ててゆくか。俳句観をどのように持ち続けてゆくか楽しみなことである。(選評:金子 秀子)


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