桔槹(桔槹吟社)と須賀川

はねつるべ(撥ね釣瓶)
はねつるべ(撥ね釣瓶)

桔槹吟社について

桔槹吟社は1922年(大正11年)7月、柳沼破籠子(源太郎)・矢部榾郎(保太郎)・道山草太郎らが創設し、同人誌『桔槹』を創刊した。師系は、原 石鼎(鹿火屋創刊主宰)。 『桔槹』とは「はねつるべ」のこと。<はねつるべが新しい水を汲みあげるように、俳句はいつも新しくありたい>というのが、吟社の創設以来の運営理念。 平成29年9月号で通巻1100号を数え、会員は須賀川市を中心に郡山市、いわき市、福島市、喜多方市、さらに東京・神奈川・埼玉・千葉・栃木・茨城などで約200人が、西暦2022年の創刊100周年を目指して活動している。2019年4月現在、福島県内で、月刊で発行する俳誌は『桔槹』のみとなっている。

勇壮な火祭り松明あかしは須賀川市のシンボル
勇壮な火祭り松明あかしは須賀川市のシンボル
牡丹焚火は桔槹吟社のシンボル的な年中行事
牡丹焚火は桔槹吟社のシンボル的な年中行事

 

須賀川市には年中行事の季語がふたつ

桔槹吟社の創立同人の柳沼破籠子(源太郎)は、須賀川牡丹園の初代園主。当時から牡丹園では、その年に美しく咲いた牡丹に感謝して、冬の初めに、枯枝を燃やす牡丹供養が行われ、併せて句会を開いていた。この牡丹供養の話が吉川英治の小説『宮本武蔵』にも登場し、次第に初冬の風物詩として知られることとなる。昭和53年に初めて歳時記に載り、その後『牡丹焚火』が季語として定着したのは、この行事を営々と継続してきた桔槹吟社の先人の功績による。 そして、須賀川にはもう一つの火祭り『松明あかし』がある。『松明あかし』は地域に親しまれ、暮らしに根付いた伝統と荘厳で勇壮な美しさがあり、桔槹吟社は、季語に相応しいと中央俳壇・関係者に呼びかけ続けてきた。その結果、2018年11月に刊行の角川書店『俳句歳時記・冬』第5版にはじめて季語として採用された。地方都市に二つの季語の行事があるのは全国的にも珍しく、俳句の街須賀川の面目躍如たるところである。須賀川が俳句の街といわれるのは、江戸時代宿場町として栄え、豪商が俳句を嗜んだことに由来する。松尾芭蕉は、奥の細道の旅の途次、須賀川の豪商で俳人の相楽等躬宅に8日ほど逗留し、<風流の初(はじめ)やおくの田植えうた><世の人の見付けぬ花や軒の栗>などの句を残している。